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ここに修学を不可能にする五つの原因がある








『ウッタラジャーヤー』(抄) 第11章 博学 11・3より

ここに修学を不可能にする五つの原因がある。すなわち、傲慢、怒り、不放逸、貪欲、怠惰である。


〈沈思黙考〉

ここに修学を不可能にする五つの原因がある

〈応用・適用・活用〉

今回は自分自身をととのえ浄め高めるためのチェックリスト。まずは、修学、すなわち師や教え、はたまた他人からや自分のカルマなどから学び、そこから自分をととのえ浄め高めるにあたり障害となる要素についてのチェック。
  1. 傲慢
  2. 怒り
  3. 不放逸(自制がきかず自己中)
  4. 貪欲(なんでも欲しがる)
  5. 怠惰(なまけ)
の5つが障害となる要素。日常生活からこれらの要素が自分にないかどうかチェックすることだ。

次にどのようにして修正していくかというと、それは11・5~11・6にあるように8つあって、
  1. 笑わない(過度に反応し余計な感情やカルマを、自分も引き起こさないようにし、他人が引き起こしてしまうのを防ぐ)
  2. 常に自制する
  3. 秘密を話さない
  4. 不作法にふるまわない
  5. 行状悪くふるまわない
  6. 甚だしく欲し欲しがらない
  7. 怒りから解放されている 
  8. 真理を愛している(本当のコト・自分を観る)
ということを目指すのだ。
そして、自制の努力をしながらも次の14の状態に陥ってしまっている人も要注意だ。すなわち、
  1. しばしば怒る
  2. 続けざまに怒る
  3. 友情を否定する
  4. 博学を得て自慢する
  5. 悪口を言いふらす
  6. 友人に腹を立てる
  7. 仲の良い友人のことを陰では悪口を言う
  8. でたらめに話をする
  9. 悪意がある
  10. 傲慢である
  11. 貪欲である
  12. 自己を教導しない
  13. 分かち合わない
  14. 賢くない(愚かである)
こういう人は、よく教導された人を手本にし少しずつ修正していくと良い。すなわち以下の15の徳性をもつ者を見習ったりその者が持つ特性を積むようにしていくのだ。
  1. 生活が控え目である 
  2. 堅固である
  3. 欺かない 
  4. 好奇心を持たない(欲望や余計な感情を引き起こさないようにする)
  5. 侮辱の言葉をほとんど言わない
  6. 続けざまに怒らない
  7. 友情を崇め尊ぶ
  8. 博学を得ても自慢しない
  9. 悪口を言いふらさない
  10. 友人に腹を立てない
  11. 仲の良くない友人であっても、陰ではその友人の美点について話す
  12. 口論と騒動から解放されている
  13. 高貴な生まれである (過去生で特性を積んできた結果高貴な生まれを得た者)
  14. 謙虚である
  15. 虚心である

私自身も耳の痛いことばかりだが、少しずつ改善していこう!
以下、リストを画像化しました。
シュラバナベラゴラのバーフバリ象。約12か月間の立位のカーヨーッツァルガ(罵られたり犬にかまれたりなどいかなる刺激に対しても反応もせず身体を放棄する瞑想)によって悟られた。脚や腕にツタが絡まっている


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