『ウッタラジャーヤー』(抄) 第7章 小羊の譬え 7・21より
修学を大いに実践する者たちは、元手を増やす者たちである。戒を保ち、卓越した快活な者たちは、神の状態に生まれる。
〈沈思黙考〉
修学を大いに実践する者たちは、元手を増やす者たちである
〈応用・適用・活用〉
他の動物と異なる、知性や理性、良心のある人間として生まれたのだから、その人間として持ち合わせている元手を、修学、つまり良き教えや導きといった学び得たものから、実践して増やしなさいということ。言い換えると、己のカルマに学びそこからやるべきことを明らかにしてそれを
- 実践せよ!
ということだ。
7・1~7・4にこうある。
ある人が来客に備えて小羊を飼育していた。彼は子羊にご飯と小豆を与えて、彼自身の庭で飼育していた。それから子羊は良く飼育され、成長し、脂肪がつき、大きなお腹をし、ふっくらとした大きな体になり、客のために準備されていた。客が来ない限り、その不幸な生き物は生きていられる。しかし、客がやって来た時には、その頭は切られ、食べられてしまう。実にこの小羊が客のために待ち望まれているように、愚かな者、罪深き者は、あたかも地獄の生活を待ち望んでいるかのようである。
自制なく欲望のままなんでもかんでも自分に取り入れ自分のものにしていると、やがて地獄を見る。普段の食事ひとつとっても、食べ過ぎたり飲みすぎたりすれば病気になり苦しみ、自分だけでなく周りの人たちも苦しむ羽目になる。これは自他に対するヒㇺサー(暴力・殺生)で、明らかにアヒㇺサー(非暴力・不殺生)と正反対のことである。
愛欲は私たちの背後で根深いカルマとして地獄へと引きずり込む厄介なものだ。これに気づきいかに放棄できるか。。。だから、
- 人間として修学できる知恵や理性があるのだから、愛欲という名のカルマに気づくために修学していこう!
- そして修学から自分の愛欲・カルマに気づいたらそれを放棄していこう!
- 放棄するには自制力を高める必要がある。その強力なツールとなるのが瞑想である。だから瞑想していこう!
- ひとりで瞑想していると、強力な愛欲やカルマに負けることが多々ある。だから、瞑想のクラスを引き続き開催していって、仲間とともに学びあう機会を大切にしていこう!
- そして、仲間と供に元手を増やしていこう!
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