『ウッタラジャーヤー』(抄) 第6章 意に反した死 6・10より
説得力のある言葉も救済にはならないだろう。どのように学問的教えが救済するのか。愚かな者たちは、悪い行為のゆえに落胆しているにもかかわらず、自己を賢者であると考える。
〈沈思黙考〉
説得力のある言葉も救済にはならないだろう
〈応用・適用・活用〉
良い教えや導きに触れただけで分かったつもりにならないこと。それをいかに実行・実践できるかが重要だ。層の修行の場合は究極的で、6・2にあるように
それゆえ賢者は妻や子の束縛と誕生に導く多くのことを考えて、みずから真理を見出すべきであり、生あるものに慈しみをなすべきである。
これを私のような俗な人間に応用・適用するならば、自分を束縛する強力な執着や欲望についてよく考えたうえで、それらを放棄し何が本当で嘘なのかを明らかにして、すべての生きものたちに平等な魂を観て仲良くせよ、なんていうふうにとらえることができる。
- 『わかったら、すべての生きものたちと仲良くする』ということを実践・実行せよ
6・14にこうある。
業(カルマン)の原因を熟考して、死の時を切望して、出家すべきである。
俗のレベルに落とし込むなら、
- 繰り返す過ちや執着の原因をよく考え、それらからの解放のために、放棄することである。
- ほんのちょっとでもよいので良いことを実践していこう!
- 「すべての生きものたちと仲良くする」を念頭に実行していこう!
- カルマについてよく考え、放棄を実践・実行していこう!
- 実践・実行のためにも自制を心がけていこう!
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