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正しい状態こそを理解するべきである





 


『アーヤーランガ』第1篇 第6章 振り払うこと 第3節6・3・2より

あるいは、そこで衣なく邁進している者に、さらに、草・寒さ・熱・咬む虫や蚊との接触という苦痛がある。衣なき者は軽快な状態にみずからを向かわせながら、一方、もう一方と、さまざまな色形(ルーパ)をとる諸々の接触という苦痛を耐える。彼には苦行が完全に備わっている。幸いなる方が説いたこのことをそのままに会得して、あらゆる面で完全に、正しい状態こそを理解するべきである。このように、今日に至るまでの年月のあいだ、長きにわたって遊行し続けている、彼ら賢明なる偉大な勇者たちが耐えてきたことを、お前は見よ。洞察力を得た者たちの腕は瘦せていく。そして血肉は細る。生死の連続から離れ、知りぬいたうえで放棄した後のこの者は、渡り終えた者、解放されている者、停止している者である、と解き明かされている。

 


 〈沈思黙考〉

正しい状態こそを理解するべきである。


〈応用・適用・活用〉

カルマを内に秘めている限り常に反応してしまう。カルマの本質的性質は欲であったり好き嫌いの感情だから、反応するということは自分の内に秘めている欲や好き嫌いの感情が外的刺激に反応してしまっているということ。自己中心性や自己都合の表れだ。自他を傷つけ束縛している張本人が、反応という形でひょっこり顔を出したようなもの。

反対に自分の内側が清浄で自己中心性や自己都合といった性質がなければ、余計な反応は一切起こらない。これが正しい状態なのだろう。先人たちはこれらの反応を、苦行により、接触による苦、つまり己のカルマをしっかりと見つめ耐えそこから離れて自分自身に打ち克ったのだ。変化し滅びゆくもの一切を振り払い、不変の清らかなる魂に自己をとどめることができるようになったのだ。とっても平静で平安で平和な境地だ。

ここから学ぶべきことは

  • 洞察力を得る
ことだ。では、洞察力を得るためにはどうしたらよいのかというと、
  • 観察すること
だ。外的刺激、たとえば、
  • 暑いとか寒い
  • 痛いとかかゆい
  • 他人の発言や行動(特に否定的な発言や行動)
などに遭遇したときに起こってくる自分の気持ちや感情を客観的に観察するのだ。起こってきた気持ちや感情は、そっくりそまま根深いカルマとして自分の内に根付いていると了解してよい。それはほかならぬ自分(カルマに侵された自分)だと自覚するのだ。たとえば、相手のことを「それは違う。間違っているんじゃない」と思った時、自分が間違っている。カルマの働きで欲がはたらいて、自分都合に相手を引きずり込んで束縛しようとしている。自分の内側が清浄であれば、そんな反応は起こってこないはずだ。


自分自身を通して自分を観てください。そして本当の自分を観てください。
この肉体をもった自分を通して、カルマに侵され支配されて過ちを繰り返し暴力をはたらいている自分と、清浄で純粋な魂である本当の自分を識別できるようにしていくのだ。ひとりひとりが本当の自分を観られるようになったとき、
すべての生きものたちと仲良くしましょう
というのが実現される。だから、
  • 瞑想していこう!
  • 反応に気づいていこう!
  • カルマに気づいていこう!
  • 少しづつカルマを振り払っていこう!
















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