『アーヤーランガ』第1篇 第3章 冷たいものと熱いもの 第2節3・2 ・1より
(1)誕生と成長を、今ここでお前は見よ。諸生類における快をお前はよく調べよ。お前は諒解せよ。そのようなことから、知力の抜きんでた者は「最高である」と諒解の上で、正しい状態を見て悪をなさない。(2)ここで、人々による罠をお前はほどくがよい。暴力行為によって生活し、双方を見過ごし、欲望の諸対象について欲深くなり、蓄えを作る。精液をそそぎかけれながら、彼らは再び母胎に赴く。(3)またそういう者は、興奮を得て「ああ楽しいなあ」と思う。愚者との関わりなど不要である。彼は自分への敵意を増やしている。(4)そのようなことから、知力の抜きんでた者は「最高である」と諒解の上で、患いを見て悪をなさない。賢者として、行為(カルマン)の先端と根をお前は切り離せ。すっかり切断した後でみずからの行為(カルマン)なき状態を見る。こういう者は死から解放されている。いいかね、彼は恐怖を看破する、黙考する修行者である。世間において最高のものを見、孤独に生き、鎮まっていて、用心し、みずからのためになることをし、常に制御されており、死の時を待ち望む者として、遍歴すべきである。しかし、いいかね、多くの悪い行為(カルマン)をお前たちはしてきた。真実に対してお前たちは堅固となれ。ここで停止した叡智ある者は、すべての悪い行為(カルマン)を滅ぼす。
〈沈思黙考〉
カルマの先端と根を切り離す➡カルマなき状態を見る…こういう者は死から解放されている
〈応用・適用・活用〉
カルマには大きく分けて2つの意味があり、行為という意味と、自分がなしている行為を自己の奥深いところで引き起こすリード役という意味がある。つまり、
- 先端=行為と、
- 地中にあり目に見えない根の部分=引き起こすリード役
だ。リード役はそれまで積み重ねてきた行いやその過程で染みついた思考回路など、無意識層に蓄積された癖だ。
ここで切り離すといっているのは、単に上と下を切り離すという話ではなく、根こそぎ引っこ抜いてすべてをしっかりと見て把握した上で切り離すということなのだろう。引っこ抜いて切り離せば、先端も根も枯れていき、やがて無くなる。いうなれば、
根も葉もないし実もならない
ということ。
執着や恐れのおおもとにあるのは『根=リード役=無意識層に蓄積された癖』。恐れやそういった感情から来る行動・言動は、癖が引き起こしている。恐れの最たるもののひとつが死。
けれど、そのメカニズムを引っ張り出してその全容をしっかりと把握し、先端と根を切り離せば執着も恐れもなくなるので死から解放される。仕組みや理屈はわかってもそうそう簡単なことではない。でも、
- 先人の知恵を拝借して知りぬくことを継続していく
- 知りぬく過程で直面する自分の欲望や執着、暴力などを把握する
- 直面する欲望や執着、暴力のリード役は何なのかを哲学する
- ちょっとでもわかったら自分で自分をセーブ(自己制御)する
のだ。だからこそ瞑想していこう!そして自分自身に勝利していこう!
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